メールやメッセージくれた方々ありがとう!
奥さんも、赤ん坊も無事で元気です。
すっかりネットもつながったのですが
安否の報告や日記書くの忘れてました。
とりあえず
震災したのは職場のクリニックで
過去最高の揺れを感じました。
職場がある仙台市宮城野区は震度6強だったみたいで、
クリニック内のありとあらゆるものが散乱し足の踏み場がない状況。
患者さんやスタッフといったん駐車場に避難した時には道路は渋滞が始まっていて、目の前の歩道橋の上にいた小学生たちは泣いている子もいれば転んで怪我をしている子もいました。
各自家族と連絡しようとしたけど全く連絡が取れないし、いったい何が起きてるんだっていうのも良く分からなかったけど、地震の大きさや周りの古い家屋の状況をみて、これはただ事じゃないと感じました。
携帯のワンセグが映ったので、確認したら、火災が起きていること、さらには大きな津波が来ているって、、、。
仙台駅の中継では外にたくさんの人が避難している姿もあって、すぐに家族を迎えに行かなくちゃいけないと思いました。
自分の車は、落ちてきた屋根瓦で後ろの窓ガラスが割れましたが、走行には問題なかったので切れた電線を避けながら国道へ。
普段20分で着く通勤路が2時間以上かかって到着。
子供と奥さんを拾ってすぐに実家へ。
隣の青葉区は震度6弱だったみたいだけど、信号が付いてないし、だんだん暗くなってきてそこからもさらに時間はかかって結局20時過ぎに実家に到着。
すでに親戚が避難してきていて13人で雑魚寝したりで、プチ避難所。
初日はまったくライフラインが復旧してなかったので餅を灯油ストーブの上で焼いて食べたりと大変だったけど、翌日から少し余震がおさまってきて3日目くらいには電気が復旧したりと安定してます。
今現在はガスのみ復旧してないくらいで、自宅マンションの掃除に行ったりもしてます。
ただ燃油系の供給不足は否めなく車での外出は減っています。
道路を走る車も少なく自転車がやたらと走っています。
オランダやドイツのような感じ。
つい先日より高速バスがどんどん仙台市内から出るようになって、おばさんやいとこは山形まで高速バスに乗って新潟へ行き、そこから上越新幹線で東京に帰ってました。
昨日は岩手に研修医で出かけていた弟も高速バスで食糧を買ってかえってきてくれたし、徐々に暮らしは安定していますが、津波の影響を受けた場所はかなり大変そうです。
仙台に居る人は、一番町のSHIPSがあった場所に
マルシェジャポンって言うのが開催されていて、冬服などや生活雑貨、食糧の寄付ができるのでボランティアができなくてもそこから被災地へ送ってくるそうです。
僕ら夫婦もそこに手袋や冬服を預けてきました。
ツイッターもあるそうなので興味ある人チェックしてください。
とりあえず、無事ですのでご安心を!!